◆ ミスマッチは、滅ぶべき悪か?

「中退」や「ミスマッチ」というキーワードを出すと、「中退することはダメなことなのか?」「全ての人がマッチングするなんて、無理じゃないのか?」といった批判をされることがあります。ご指摘の通り、自分のことを知り尽くし、社会の全てを知り尽くし、だから自分とこの環境はベストマッチである、なんて選択をすることは、現実的には不可能です。

ミスマッチが、その人のその後の人生にマイナスの影響を与えるとすれば、それは「選び方」に問題があるのではないかと思います。選び方には、その選択に至るプロセスがあります。最も大きな違いは、その選択をしたのが、自分なのか、他人なのか、ということです。正確には、自分で選択した、と思っているのか、他人に従った、と思っているのか、ということですが。

親がこの大学へ進学しろと言った、先生に国立大学に進むように言われた、そのようなことは多々あります。それを鵜呑みにして他人の選択に従った場合、うまくいかないことがあると他人や環境のせいにしがちです。自分には原因がないと思っているので、大学に行く意味はない、とサボりはじめたり、ここは自分に合わなかった、と安易に中退してしまったりします。しかしその後も進路が決まらず、そのままだらだらと家に居続けて、学ぶとか働くといったことを投げ出してしまっている例は少なくありません。これは大学選びに限ったことではありません。就職においても早期離職や「ぶら下がり」などがありますし、結婚における離婚や浮気もそうかもしれません。似たようなことは一生ついて回ります。

私自身は、自分で選んでさえいれば、大学選び自体はミスマッチしても良いと思っています。なぜなら、その意思決定で得た気づきや反省や学びによって、就職活動の際により精度の高い意思決定ができるからです。大学においては、転学部や編入といった制度を使って所属を変えたり、他学部履修や課外活動など所属を維持しながら方向転換をしたり、といったことが比較的容易にできますが、就職すると「思っていたのと違った!」と言って簡単に異動や転職、副業等ができるものではありません。

ただし補足しておくと、ミスマッチしないよう取り組んで初めて得るものがあるわけですので、「どうせ無理なら何もしない」と自棄になってしまっては、選択の精度は上がりません。

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