◆ アメリカで人気職業の消防士

手元に残るボロボロになった一枚の写真。

90年代、アメリカの大学に在籍し野外教育を学んでいた僕は、人々を野外に連れ出す機会がとても多くなりました。少し郊外に出ればすぐに道路が無いウィルダネスが広がる土地。救急車のアクセスが確保出来ない場所で活動する中で、必要性にかられて取り始めた救急救命のクラスにも自然とのめり込んでゆき、気がついたら異国の地で救急救命士の国家資格を手にしていました。

大学卒業後、粘り勝ちが認められ初の日本人として入った消防署では、持てる知識と限られた道具を最大限に駆使する過酷な日々が待っていましたが、それは同時に刺激的でやりがいのある毎日でした。後に消防士にもなり、二束の草鞋を履きながらの活動は、木の上に取り残されて子猫の救出から事件事故の現場までを網羅し、今まで見たことのない世界への入り口となったのです。

勤め先である消防署は一つのビルを消防署と警察署が共有していたために、共同のリビングキッチンには体格の良い消防士や救命士、警察官がうろうろし、まるで映画のワンシーンのような風景が広がる場所。

体が大きく口の悪い同僚たちは、その見た目からは想像できないほど万人に優しく、地域住民にとても慕われていました。

「困った時は消防署へ」

これが冗談でなく、地域住民がよく口にする言葉だと実しやかにささやかれていたものです。消防車や救急車で道を走ると人々が手を挙げ笑顔で挨拶する。ファーストフード店に寄れば店長が山のようなハンバーガーをプレゼントしてくれる。毎日のように署には手作りのケーキやクッキーが届く。消防士は人々に愛され、そして消防士達はその愛に応えるが如くきつい現場で人々を踏ん張る、そんな日常がそこにありました。



その当時署長が良く言っていた言葉があります。

「消防署の仕事はサービス業。地域住民に喜んでもらって初めて僕らの存在価値があるんだ」と。

そんな彼自身も年に一度の独立記念日にはパリッと糊の効いた白い制服に身を包み、その綺麗な制服と署長という地位に左右されることなく、率先してゴミの片づけをやるような人物でした。

Fire Fighter(火と戦う者)という名で呼ばれる消防士は、アメリカでは人気のある職業として常に人気職業上位に挙げられています。正義感に溢れた彼らは多くの子ども達から絶大なる支持を得ています。911では自分の身も顧みない人命救助により、多くの消防士の尊い命が失われました。そこから多くの国民は実際に存在するヒーローを見て、その結果消防士は憧れの職業として不動の地位を確立しました。

世界の国々での人気職業を見てみると国によって大きな違いがあります。そこから子ども達の心の中を垣間見ることが出来るのではないでしょうか。

この記事は登録読者だけが閲覧可能な内容を含みます。続きを読むにはPublishers IDによる読者登録が必要です。