ビッグイシュー・オンライン
編集部より:2014年12月14日(日)、東京・新宿の損害保険ジャパン日本興亜本社ビルにて、「若者政策提案書・案」の発表シンポジウムが開催され、若者支援団体のスタッフや若者問題に関心を寄せる方など、100人以上が集まりました。当日の様子を一部紹介します。

▼【学び】 社会とつながる場としての学校教育

第二部では、当日会場で配布した『若者政策提案書・案』の内容について、若者政策検討・提案委員の方にご登壇いただき、主に担当していただいた第2章の内容について、カテゴリーごとに説明していただきました。

 宮本みち子委員長(放送大学 副学長)
【学び】青砥恭委員(NPO法人さいたまユースサポートネット代表)
【つなぐ】白水崇真子委員(一般社団法人キャリアブリッジ代表理事)
【生活支援】高橋温委員(弁護士・NPO法人子どもセンターてんぽ理事)
【出口】津富宏委員(静岡県立大学教授・NPO法人青少年就労支援ネットワーク静岡理事長) 

まずは、青砥恭委員による【学び】についての紹介です。

青砥:教育部門は、子ども・若者の支援を考える上でスタート地点になる。しかも、子ども支援は非常に長期間にわたる。日本型青年期のモデルが崩壊したという宮本先生の議論があったが、以前に私は教師として高校生と長い間付き合ってきたが、今もたくさんの若者と付き合う現場にいる。

貧困家庭にとって、「この社会は平等ではない。」

そのうち一人の高校生は、生活保護世帯の高校生だが、彼が僕に言ったのは「この社会は平等ではない。資格を取って働きたいが、お金がかかって取れないし、結局やりたい職にはつけない。母子世帯で、母と兄弟と3人暮らしなので、助けてくれる親戚もいない。普通の高校生と生きている世界が違うんだ」と。

これはどういうことかというと、彼には、彼を支える資産も人間関係もほとんどない。しかも、孤独感・孤立感が強い。社会からの支援もないまま、自分の家族だけで生きていかないといけない。これは決定的に不利だ。それから大学に行きたいとかではなくて、資格をとって働きたいと思っているのにその機会も資力もない。

これが長期間続くと「自分の人生はこんなものだ」とあきらめが先行する人生になっていく。そういう高校生たちに僕は会ってきた。

経済的困窮層の世帯の子どもたちの状況を見ていると、今の日本の若者の状況として、青年期から成人期への移行期間が非常に長期化し、学校教育の内容も非常に高度化しているので、そういう困窮層の若者にとっては決定的に不利になる。生活困窮者層のなかに高校中退・不登校が集中していくのは、そういう意味では当然なのだ。

そういう子どもたちが集中する学力困難校に、貧困や社会的排除などさまざまな問題が存在する。高校を中退することは労働市場からの排除を意味するし、せっかく卒業しても労働市場への参入が困難な若者たちが、そういう学校から大量に生まれているのが現実だ。

僕自身は1983年に高校教師になったが、1990年のバブルの崩壊までは、まだ高校中退しても彼らを支える「働く現場」があった。

が、それから2000年を経てリーマンショックを過ぎると、そういう若者たちが労働市場に参入することが非常に難しくなった。高校中退や中卒、不登校、ひきこもりの若者たち…。ひきこもりの若者は70万人ともいわれているが、若者たちへの社会的支援の方策が日本にはほとんどない。そういうわけで、我々がいまやらなくてはいけないのはどういうことなのかをまとめた。

『若者政策提案書・案』の中で、「生きていくための力」をつける学校教育の改革ということで、バイターンやデュアルシステム専門コースを設けている高校の実践事例を挙げている。

社会と一番直面している労働市場に出る教育機関は後期中等教育だが、そこでは座学が中心。だいたい1割近くが高校教育から脱落している。そういう若者に、小中学校あわせて9年間、さらにそのあと3年間座学をするよう迫るのは大変なことだ。社会に出るまでどこかで働く体験をすることが必要。後期中等教育で、労働市場にスムースに移行するための教育をやっていく必要があるのではないかと思う。


学校・教育はどうあるべきか?

それから、「自分の人生を築く主体としての成長促進」という意味では、学齢期から自分の人生や権利、生きるということを主張する場を学校教育の中に求めていく必要があると思う。自分の生き方を選択できる場が、学校教育のなかにいま保障されているのかは疑問。

「やり直しができる柔軟な教育システム」とあるが、いま自分が学んでいる場所が合わないなど、人間関係でつまずく子どももいる。いったん中退したり、不登校になったりと学校教育からつまずいても、もう1度やり直せることが大事。

中退して働いてみたけど資格がないし、十分な技能もたないという若者が、もう1度学校に戻って学び直しをして「人生はやり直しができる」ことを保障できるシステムが必要ではないか。これは、今の学校教育法の枠内でも十分にできること。学び直し、生き直しができる教育システムをぜひつくる必要がある。

そして後半の一番大事なところは、一体「学校とは何なのか」ということ。政治的な意味では、未来の市民を育てる場である。未来の日本社会を支える若者を育てる場である。つまり、社会統合にとっては絶対的に重要な場である。

人と人がつながる場でなければいけない。そこで連帯や統合という言葉が生まれるが、若者の居場所やコミュニティを形成する場としての学校がまずあり、それから貧困や生活困窮などから脱出していくために若者が社会資源とつながる場でなければならない。

今の中等教育はかなり限界にきている。ひと言でいうと、もともと中産階級向けにできたシステムだが、そこから脱していない。困難を抱えた生活困窮層の若者にとっては生きづらい場になっているのではないか。オルタナティブな学び直しの場として存在し、若者が生きていくためにさまざまなネットワークや社会資源とつながるためのプラットフォームとしての学校、中等教育、高校教育というものを追求しないといけないと私自身は考えている。

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