イタリア内でも豊潤な地域として知られるエミリア・ロマーニャ州に、世界中の教育関係者がこぞって集うレッジョ・エミリア(Reggio Emilia)という人口16万人の小都市が存在します。この地でなされるレッジョ・エミリア・アプローチ(以下レッジョ・アプローチ)と呼ばれる幼児教育は、1991年に『ニューズ・ウィーク』誌がレッジョ・エミリアの学校を「世界で最も革新的な幼児教育施設」と驚きをもって紹介するほどで、成熟した創造性とオリジナリティ溢れる教育の源泉を求めて訪問者があとを絶ちません。

レッジョ・アプローチの最大の特徴は、子ども、保育者、専門家(教育、アート)、親、地域の人々がアートを通して主体的に探求して学び合い、育ち合うことにあります。アートを通したといっても、芸術家養成やアートの技術的向上が目的では決してありません。創造体験を通し、発想力、自発力、創造力を高め、自己、他者、地域、社会、世界を認識するよき機会としてアートが用いられています。


(レッジョ市の幼児教育研究機関レッジョ・チルドレンの本部・マラグッティセンター) 

レッジョ・エミリア・アプローチの教育哲学

レッジョ・アプローチの礎を築き、推進したのが、社会心理学者、教育哲学者であるローリス・マラグッツィ(Loris Malaguzzi,1920-1994)です。マラグッツィはウルビーノ大学で教育学の学士を取得後、発達心理学を学び、1958年レッジョ・エミリア市に教育主事として赴任しました。マラグッツィは当時の最先端の教育学、心理学、哲学を広域的かつ中立的に学び、何よりも教育現場での実践を重んじ、地域に根差した独自の教育システムを創造しました。


子どもは
百の言葉をもっている。
けれども、その九十九は奪われる。
(ほかにもいろいろ百、百、百)
学校も文化も
頭と身体を分け
こう教える。
【中略】
つまり、こう教える。
百のものはないと。
子どもは答える。
冗談じゃない。百のものはここにある。
-ローリス・マラグッツィ-(佐藤学 訳)※1

 


マラグッツィの思想の根本には、人間一人ひとりを尊重し、子ども、保育者、親、地域社会全体で共に学ぶ共同体への意志があります。それは誰かが誰かへと一方的に教える関係ではなく、人間が本来携えている豊かな能力を信じ、お互いの可能性を引き出し高め合う関係性として築かれます。レッジョ・アプロ―チにおいては、すべての人が主体的に学び、互恵的に支え、育ち合う探求者である権利を有します。そして、それは「お互いをひとりの人間として尊重することとはどういうことか?」また、「どのように、それは実現されるか?」という根本的な問い立てから、保育者、親、地域市民と協同し、丁寧に熟成されてきた実践過程の集積でもあります。

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