ひみつ基地

2016年3月号 vol.37

震災が“始まってから”5年、宮城県石巻市の子ども達の今-不登校率が減少する影で、深刻化する社会的孤立

2017年09月15日 17:12 by yu_monma

2016年3月11日で東日本大震災から5年が経過します。震災や津波で甚大な被害を被った宮城県は、震災後の学校基本調査で不登校率が全国平均を大きく上回り、その後も増加傾向にありました。震災から5年が経過した今、子ども達の状況はどのようになっているのでしょうか?(これまでの記事一覧

昨年に公表されたあるデータが、石巻市で大きな話題となっています。それは、石巻市における「不登校出現率」が小・中学校ともに、震災後初めて宮城県全体の平均を下回ったということです。文部科学省「学校基本調査」による2010年~2014年の石巻市における不登校出現率を小学校・中学校のそれぞれでグラフ化しました。宮城県、全国の平均と対比させています。

2年連続で全国ワーストを記録した宮城県の中学生の不登校出現率。石巻市はこの平均を震災以前から大きく上回ってきましたが、2014年度についに下回ることになりました。小学生の不登校出現率は、震災直後の2011年度の急激な上昇の後、少しずつ下落を続けています。同じく、2014年度に宮城県の平均を下回ることになりました。
 
宮城県教育委員会が2013年9月に実施をした「平成24年度における不登校児童生徒の追跡調査(仙台市を除く)」によれば、不登校児童(小学生)の約11%・不登校生徒(中学生)の約6.7%が震災の影響による不登校とみられるというデータがあります。その意味で、今回の被災地である石巻市で不登校出現率が大幅に減少しているということは、大きな成果だと言えるかもしれませんが、一体、石巻市で何が起きているのでしょうか。
 
「学校にも行けず、家からも出られない子どもたち」が顕在化

震災以前に「けやき教室」(宮城県における「適応指導教室」の愛称)が1カ所あるのみだった石巻市における不登校支援の拠点。2016年3月現在で、民間フリースクールも含めて、4カ所に拠点数が広がっています。学校外施設の不登校児童・生徒の利用にあたっては、文科省通知により、最終的には学校長判断によって「指導要録上の出席扱い」にすることが出来るとしており、例えば私たちのフリースペース「ほっとスペース石巻」に登校すると、この出席扱いになっています。
 

(フリースペース「ほっとスペース石巻」の様子)
 
したがって、この「指導要録上の出席扱い」がケースとして増えたことによって、「学校に登校していない児童・生徒数」は変わっていないが、「不登校児童・生徒数」は減少しているというのが、根拠の1つとしてはあるかもしれません。
 
また、沿岸部の特に被災の大きかった地区の小学校では、「スクールバス登校」や「学区外通学」を続ける児童が多いにも関わらず、学校長のリーダーシップの下、学校全体で「不登校を生まない取り組み」を行い、結果として不登校児童が1人もいないという学校もあります。数字が減少している背景には、このようなことも、根拠の1つとしてあるのかもしれません。
 
震災があったからこその取り組みの成果だと、前者・後者ともに言えるかもしれません。一方で、裏返せば「学校にも、フリースクールにも、通うことができない児童・生徒」が、石巻市には多数いるという事実が顕在化されたとも言えるかもしれません。
 

「自宅から、2年間出られない」 聞こえてくる、助けて!の声

※下記の内容は、個人が特定されないように、複数のケースを組み合わせています。あらかじめ、ご了承ください。
 
2015年秋、とあるスクールソーシャルワーカーから紹介されたということで、小学3年生のAさん(女性)の保護者(母親)から、TEDICに相談がありました。児童相談所、メンタルクリニック、子育て支援センターなど様々な機関に相談しても、状況が好転せず、スクールソーシャルワーカーが同伴しての来所しました。
 
「2年前から学校に行けなくなって、家からも出られなくなって。私も、どうしたらいいのかわからないんです・・・。」
 
目を真っ赤に腫らしながら、涙を流しながら、嗚咽交じりに第一声をこう切り出したお母さん。震災の影響でご家族(Aさんの祖父母)を亡くされており、精神的にも不安定な日が続いていると話してくれました。

「不登校になったことを、相談できる親もいなくて。地域にも頼れる人がいなくて・・・。私は、どうしたらいいでしょうか・・・。」

震災後に仮設住宅に入居、やっとご近所付き合いが出来てきた頃に、復興公営住宅への入居。地域の繋がりが切れては繋がり、そしてまた切れてしまったAさんのようなご家庭は、珍しくありません。

相談後、スクールソーシャルワーカーとAさんの在籍する小学校の教頭、担任、養護教諭とケース会議をもちました。

Aさん本人の同意が得られた場合に、TEDICのスタッフが大学生を同伴して訪問すること、お母さん自身へも精神科医によるカウンセリングを勧めることを確認して、支援がスタートしました。

後日、Aさん本人が「ゲームに詳しい人だったら、遊んでもいい」ということで、携帯ゲームやアプリケーションに詳しい大学生を同伴し、訪問。youtubeやボカロなどの話で盛り上がり、その後、3ヶ月にわたり訪問を続けました。

学校教員や不登校相談員(自治体によって名称は異なる)などが訪問する場合が多いですが、「話題」が合わずに支援の糸口が掴めないことも往々にあり、その点で年の近い大学生が、強みを発揮する場面でした。

3ヶ月の訪問中、大学生スタッフを伴ってのゲームセンターや児童館、漫画喫茶などへの外出が少しずつ増え、現在ではAさんは「ほっとスペース石巻」に通学しています。

震災から5年。「社会的孤立」を生まないコミュニティの必要性
 
Aさんの事例のように、「誰にも頼ることができなくて・・・」と不登校状態が長期化するケースは珍しくないように思いますし、これは不登校に限らない話だと思っています。
 
本人または、保護者自身が「頼ることが出来る」繋がりをどれだけ、もつことが出来ているのか。この繋がりという点において、応急仮設住宅から復興公営住宅への転居が進む5年目の石巻市は、大きな課題を抱えています。
 
昨今、子どもの貧困対策の一環として、全国で「子ども食堂」が増えてきています。安価で栄養価の高い食事とともに、温かな居場所を提供する「子ども食堂」。石巻市では、この「子ども食堂」を震災によって失われた地域コミュニティの再生としても活用できるのではと考えています。
 
(「子ども食堂」の様子)
 
現在、TEDICは学校、町内会、社会福祉協議会と4者で「子ども食堂」を運営しています。学校が子どもたちへの参加を促し、TEDICが児童福祉の視点からプログラムを設計し、町内会が食材提供や子どもたちと一緒に食事を作る形で関わってくださり、社会福祉協議会が地域福祉の視点で全体を取りまとめています。
 
子どもたちは約40人、地域住民が約15人参加して、一緒にご飯をつくって、「いただきます」「ごちそうさま」を食卓を囲いながら過ごし、後片付けをして、お家に帰る。保護者の仕事など、送迎が難しい場合は、地域住民が責任をもって、自宅まで送り届けています。
 
最近では、子どもたちが地域の方々への恩返しとして「子ども食堂への招待状を兼ねた年賀状」をつくって、年明けに地域の独居の高齢者の方に届けるという取り組みも生まれました。
 
「困った時は、お互いさま。」昔から、ワカメやサンマなど「お裾分け」文化の根付いた石巻市だからこそ、”思いやりのお裾分け”が出来るコミュニティになっていけばいいなぁと思っています。

NPO法人TEDIC 代表理事 門馬優

● 本記事を書いた記者の記事一覧

関連記事

世界や日本で広がる「森のようちえん」とは?-幼児の自然体験にとどまらない効果と価値

2018年1月号 vol.59

貧困状態の子どもに立ちはだかる「10歳・小4の壁」-自治体に眠るビッグデータから読み解く「子どもの貧困」

2017年12月号 vol.58

塾に行かなくても勉強できるんじゃないんですか?-「スタディクーポン」について代表者に聞いてみた!

2017年11月号 vol.57

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

2018年1月号 vol.59

今月も子どもや若者の支援に関する幅広い情報をご紹介します。各分野の実践家が...

2017年12月号 vol.58

今月も子どもや若者の支援に関する幅広い情報をご紹介します。各分野の実践家が...

2017年11月号 vol.57

今月も子どもや若者の支援に関する幅広い情報をご紹介します。各分野の実践家が...