Eduwell Journal

2013年08月号 vol.6

貧困が子どもから奪っていくものとは何か?-将来、働くという選択肢を失った子どもたち

2020年05月24日 00:02 by takuya-murai

「子どものときの夢は覚えていますか?」

私自身は全くと言っていいほど覚えていないのですが、みなさんはいかがでしょか。小学校などの文集みたいなものを読み返したら書いてあるかもしれませんね。もしそんな「子どものころの夢」を、「将来は生活保護で暮らしていく」と語る子どもがいるとしたら、あなたは、どのような気持ちを抱きますか。何かしてみたいことの話をしていたら「死にたい」「ひとりになりたい」という子どもがいるとしたらどうでしょうか?

「昨夜みた夢は覚えていますか?」

夢は夢でも毎日寝ている間に見る夢のお話。私は眠りが浅い割に夢をあまりみたという実感がなく、覚えていません。もちろんそのときにもし寝言をいっていても何を言っているかわからないでしょうね。みなさんは毎日どんな夢をみますか。子どものころはそれこそ寝言も言いながら、意味不明な寝言をつぶやいていたかもしれません。そんな夢や寝言のつぶやきから「ぶっ殺す」という言葉が聞こえてきたらどんな感情を抱きますか。

このような「夢」の話は、実際に私が代表をつとめる山科醍醐こどものひろばの活動に参加している子どもたちが実際に口にした言葉です。山科醍醐こどものひろばは、広く地域のすべての子どもたちの豊かな育ちができる社会環境、文化環境を創造することを目指し、0歳からさまざまな世代がひとつながりに活動をしています。

活動の多くは、子育て支援の居場所づくりや、多様な世代での野外活動や創造表現活動など子どもが「よりよく」育つ環境づくりです。そのような活動とあわせて現在取り組んでいるのが集団が苦手な子や、発達的な課題を抱えた子どもやさまざまな理由で不登校になってしまった子どもたちそれぞれとの個別余暇支援にも取り組んでいます。さらに、多様な活動の中で出会った子どもたちの中には「よりよく」の前に、生活そのものが危うい子どもたちとも出会います。

そのような子どもたち、家族の声から生まれたのが「子どもの貧困対策事業」。その活動の一場面で子どもが発したのが、最初の「夢」の話です。

今回から数回にわけてその「子どもの貧困対策」について書いていきたい思います。

将来、働くという選択肢を失った子ども

「子どもの貧困」は、「夢」に大きな影響を与えます。「夢」がポジティブなものか、ネガティブなものかで、その先の生き方、学び方、暮らし方がかわることはみなさんにも想像がつくかと思います。このような話をしていると「その子の努力や我慢が足りない」という自己責任の面を問う言葉もあります。そもそもみなさんはなんのために努力をしますか。その努力の前提となるものがもしなかったらどうなるのでしょうか。

一番最初の夢の話は、生きていく上で「働く」ということをしなくても生きていけると子どもは認識しています。なぜなら親が働いていないからです。働いていない理由はさまざま。もちろん話題の生活保護の不正受給みたいな話も100人に1人くらいはあるかもしれません。

しかし、精神疾患や大病による就労困難な状況による生活保護受給なども多いのです。子どもからみればもしかしたら精神疾患の親は怠けているだけにしか見えないかもしれません。そのような状況であっても生活ができている。その理由は生活保護を受給できているから。働かなくても生きていけるのであれば、それでいいじゃないかと子どもが考えても何もおかしくはありません。そのときに将来働くという選択肢が失われていきます。

働くという選択肢がない子どもに、学校で勉強を教えていこうとするとどうなるのでしょうか。なんのために勉強をするのか。学校の文集で将来の夢は、なにかしらの職業につくことがある種のゴールになっています。そのゴールに向かうためには勉強が大事なんだよという論法。さて働くことを選んでいない子どもにはこの論法が通じません。働くという将来の選択肢を失った子どもは、学校での学習の意味を見失います。

学校生活の中心は学習ですから、そこに意味を感じない子どもにとってはただ友達を会う空間。一方で学習をしている子どもたちがいる。先生は学習している方が正しいという。子どもは学校のなかで孤立を深めます。結果、不登校状態になることもあります。家にいても親がいるだけですので、地域に出て行く。そのなかで非行に走っていくこともあります。さてどこに問題があったのでしょうか。

夜の寝言が「ぶっ殺す」から笑顔な寝顔に



子どもの貧困に対しての統計的なお話は、他の筆者にお任せすることにして、私たちはそのような地域で出会った子どもや家族の声から問題を掘り下げ、支える中で事業構築をしてきました。地域の中で今、目の前に困っている子どもがいる。単純に手を差し伸べたというだけです。大局的にみることはもちろんですが、そのような仕組みができるのを待てない子どもがいることも事実なのです。

山科醍醐こどものひろばでは、この3年間目の前の子どもたちと食事や入浴、学習、宿泊などの取り組みを行ってきました。お泊まりを月1回半年しただけで、夜の寝言が「ぶっ殺す」から笑顔な寝顔に変わりました。働くことを選択肢に持っていなかった子どもが、高校進学や将来どんなふうになってみたいか自身の関心を語るようになってきました。夢や大志が生き方を左右するとは言いますが、生き方や日常生活の影響でそもそもの夢をもつかもたないか、その夢の質自体が左右されるのも事実です。

子どもの貧困というのは、その生きる環境を孤立化させてしまうことや、選択肢を狭めてしまうことにもつながっています。どうせみる夢なら、多様な価値観や情報に触れ、選ぶことができる状態で決めたいですよね。それが生き方の柱になるのですから。どうせ毎日みる夢なら、ほっと安心して、笑顔になれる夢をみたいですよねだれしも。そんな当たり前を生み出すための一歩をみなさんの「ちょっと」なアクションでつくりだしたいものです。

次回以降、地域の現場の中で見えてきたことを、少しずつご紹介させていただき、「子どもの貧困対策」について一つずつ掘り下げていきたいと思います。

Author:村井琢哉
NPO法人「山科醍醐こどものひろば」理事長。関西学院大学人間福祉研究科修了、社会福祉士。子ども時代より「山科醍醐こどものひろば(当時は「山科醍醐親と子の劇場」)に参加。学生時代には、キャンプリーダーや運営スタッフを経験し、常任理事へ。ボランティアの受け入れの仕組みの構築等も行う。副理事長、事務局長を歴任し、2013年より現職。公益財団法人「あすのば」副代表理事、京都子どもセンター理事、京都府子どもの貧困対策検討委員。
著書:まちの子どもソーシャルワーク子どもたちとつくる貧困とひとりぼっちのないまち

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