Eduwell Journal

2020年3月号 vol.85

学びの多様性を尊重できるラーニングダイバーシティへ② -特別支援級における「学習権の侵害」。脳科学からみる能力の多様性。

2020年03月11日 10:35 by eduwell_journal

先の記事では、ラーニングダイバーシティの概念や、それを必要として社会的背景について、ご説明がありました。本記事では引き続き、一般社団法人子ども・青少年育成支援協会理事で臨床心理士の村中直人氏の講演「学びの多様性を尊重出来る社会とは〜ラーニングダイバーシティという新視点〜」をお伝えします。


(NPO法人ダイバーシティ工房:一般社団法人子ども・青少年育成支援協会理事で臨床心理士の村中直人氏の講演)

英語を教えてもらえなかった特別支援学級

教育システムが時代に合わなくなり、教室での学びについていけない子どもたちが出てきています。そんな彼らの行き先が特別支援学級であるような場合が増えています。しかし、行った先で何が起こっているのでしょうか?

昨年、特別支援学級において、英語を教えなかったことが「学習権の侵害」にあたるとして、福岡市に賠償命令が下されました。これは、特別支援教育における「学習権の侵害」が認められたおそらく日本で初めての判例です。(朝日新聞:特別支援学級で英語教えず、市に55万円賠償命令 福岡

裁判を起こした元男子生徒は、英語を一切教えてもらえなかったことなどを訴え、特別支援学級でも「外国語を含むすべての教科を取り扱わなければならない」と指摘し、「教室の裁量の逸脱があった」と認められたのです。

今後、特別支援教育における学習権を争う裁判が増加していく可能性があります。なぜなら、特別支援教育に入った途端、学びの要求水準が低くなり、その子にあった学びが提供されていないケースが潜在的に多く存在してしまっているのです。

脳の働きと密接に関係する学びの能力

「学びの方法の多様性」が重要であることを理解するためには、「人の能力の多様性と独立性」を理解することが必要です。脳科学の視点からそのことを考えていきたいと思います。

脳の働きは、それぞれの部分によって、全く違う働きをします。

例えば、「見る」という行為ですが、目から入った情報は、まず視神経を通じて、一次視覚野にいきます。そしてその後、「これが何なのか」ということを認識する回路(物体認識)と、「それはどこにあるのか」ということを認識する回路(空間認知)の2つに分かれます。ただ実際は、物を見るという行為はこのwhat とhowだけの回路だけではなく、相当に細かく分割されているのです。


(村中直人氏のスライドより)

「見る」という1つの行為は、「形」「色」「動き」などの要素が脳内の処理として独立して処理されているのです。実はそれぞれをどう「結びつけ」てまとまった情報として見えているのかは、実はよくわかっていないんです。

人の能力の独立性や多様性について1つ、有名な実験があります。

ポストのような横長の穴のある箱を目の前にして、女性が紙きれを持って座っています。そして、その女性に2つの行動を依頼するのです。1つは「この紙きれを穴の方向に合わせて回転させてください。」もう1つは「この紙きれを穴に差し込んでください。」

この2つのオーダーについて、みなさんどう思われるでしょうか?最初のお願い(明示的マッチング課題と言います)ができるなら、2つめお願い(実行課題)ができるし、その逆もそうだろうと思いませんか?でも違うのです。

この女性は、1つ目のお願いは全くできず、二つ目のお願いは問題なくできるのです。

この理由には、先ほど述べた見るという行為が、2つの回路に分かれることが関係しています。この女性は、what 回路だけに脳機能障害が起きているため、紙を差し込む物が、一体どういう形であるか、認識することができないのです。だから、それに合わせて紙を回すことができないという現象が起きます。

神経回路の数だけ人間の能力は細分化されている

人間の能力というのは、このぐらい細やかに分断されているのです。このレベルで、その能力一つ一つのことをちゃんとみてあげないと、その子がどのように学ぶかに関して、適切な方法ができないのです。

例えば「会話する」という行為はブローカー野とウェルニッケ野と呼ばれる別の領域がそれぞれ独立して働いていることが分かっています。私たちは「コミュニケーション能力」という言葉を使ってまるで1つの能力のようにひとまとめにしていますけれど、話すという能力(ブローカー野)と、聞き取るという能力(ウェルニッケ野)は、実は独立した別の能力なのです。

神経回路の数だけ人間の能力は細分化されているということになります。つまり、神経回路の数だけ人の「得手」と「不得手」が生まれるということなのです。

学びを提供する側の立場にとって、ものすごく大きな落とし穴がここにあります。「これが出来るのに、これが出来ないはずがない」「これが出来ないのに、これが出来るはずがない」という発想に私たちはすぐに陥ってしまいます。しかしこれは、根拠がないただの思い込みなのです。

私が経験したいくつか具例を挙げていきたいと思います。

▼事例①:計算の方式によって得手不得手が変わる

例えば、左側の式で計算することと、右のマス目を埋める形で計算することは実質的にやることは同じで、計算するための形式が違うということになります。


(村中直人氏のスライドより)

しかしながら、ある子どもは左側の計算方式は5分でできるが、右側でやると20分かかるようなことがあるのです。もちろんその逆もしかりです。

ここでお伝えしたいことは全てのお子さんにとって万能な学習方法なんて、ありえないのです。「これが素晴らしい」と言ったら、「みんなでこれをやろう」「この素晴らしい方法なのにできないのであれば、この子の努力が足りない。とにかく量をこなして頑張らせなければ。」という発想になりがちです。それではその子にあった方法でやる、という視点が欠けてしまっています。

▼事例②:「6と8」を見分けるのが難しいという子

難しい文章題はすらすら解けるのに、なぜか計算はいつも大体2割くらい間違える子がいました。難しくても簡単でも、いつも2割くらい間違えるのです。

なぜかというと、この子は、印字された「6と8」を見分けるのが難しかったのです。そのため、問題のレベルに関わらずいつも2割くらい間違えてしまっていたのです。この子のお母さんは、この子が大学生くらいになる時に気づき、「なんでもっと早くわかってあげられなかったのか」と、とても後悔されていました。お母さんはずっと、この子が不注意だから間違えていると思っていたのです。

今はユニバーサルデザインフォントができ、6と8の見分けがつきやすいような印字が開発されています。当時もし、この子にとって見分けやすいフォントがあったら、もっと数学が得意になれていたかもしれません。

▼事例③:九九ができないけど、数学が得意な高校生

数学科に通い、並みの高校生よりも数学が得意なお子さんがいらっしゃいました。でもこのお子さん、実は九九が言えないのです。この子が九九を言えないことに、本人が言うまで周りは誰も気づいていませんでした。


(村中直人氏のスライドより)

彼の頭の中には掛け算の表の要点だけが残っており、そこからの足し引きで周辺の数を導き出す、というやり方で計算していました。そしてその計算がとても早いので何の不便もないのです。もう一つ言えることは、彼は幸い九九が言えることが絶対だと言われる教育を受けてなかったのだということです。

学びの多様性を尊重する時代へ

事例をあげた子どもたちが、もし、苦手な計算方法ばかりさせられていたら、九九を言うことを強制されていたら…彼らはできない子扱いされ、瞬間的にドロップアウトしてしまいます。

みなさんは漢字の覚え方をいくつ言えるでしょうか。漢字が覚えられないという子に対して、「書いて覚える」以外にやり方を提供できる方は、何人いらっしゃるでしょうか?人間の能力は細分化されているし、その子にあった学び方は限りなく存在しているのです。

ランニングダイバーシティーと言うのは、「いつ」「どこで」「誰と」「何を」「どのように」学ぶのかという学びの機会の問題と、学びの方法の問題両方が大切です。学びの多様性を尊重することが当たり前の時代へ。そうなることが、今の私の願いです。

>>前の記事:発達障害の有無に関係なく、全ての子どもたちに必要な視点

レポート:NPO法人ダイバーシティ工房



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