新型コロナウイルスの感染拡大により、緊急事態宣言が発令され、3月~5月までの約3ヶ月にわたって学校が休校、もしくはオンライン授業での対応を余儀なくされました。6月からは、学校は再開されましたが、休校中の授業時数を確保するために、夏休み、冬休みの日数を削り、土曜日に授業を行ったり、文化祭や体育祭などの学校行事を中止しています。
その中で、ここ10年で浸透してきたインターンシップや社会人講師など、外部を活用した「キャリア教育」が中止されるケースも続発しています。
筆者が関わる一般社団法人アスバシ、NPO法人アスクネットの実施校となっている高校でも、今年度の実施校、公立・私立36校でも約3分の1の高校が、今年度の中止、もしくは大幅な縮小となっています。これでも学校との信頼関係を築いてきたキャリア教育コーディネーターが、学校と話し合いを重ね、コロナ禍でもやれることを提案し、押し戻してきての数字です。まだ根付いていないキャリア教育プログラムの状況は、もっと厳しい状況に置かれていることは予想できます。
「修学旅行や文化祭、体育祭ですら中止のところがあるんだから、キャリア教育はやれなくてもしょうがないよね。」
そういった現場からの声も聞こえてきます。確かに、通常の教科学習は、単位とつながり「必要な時数の授業を受け、成績をつけなければ単位認定できない」、「設定された範囲を履修しないと入試問題が解けない」ため、必要不可欠最優先という話は理解できます。だからといって、この緊急状況の中で、「キャリア教育」が簡単に捨てられて良い話ではありません。
目的もなく、単に教科学習を強いる学び
「何のために学ぶのか?」という本質的な問いを放置したまま、生徒たちを教科学習に追い立てていく様は、20年前の教育に時計を巻き戻したようです。目的もなく、単に教科学習を強いる学びは、結果的に学び意欲を低下させ、学びから逃避する生徒を増やします。
ひとつ思い出すことがあります。養鶏の町で育った筆者は、子どもの頃、鶏舎のニワトリの餌やりのお手伝いをしていました。餌を餌樋にシャベルで注ぐと、鶏がコツコツ、コツコツ延々と餌を啄み続けます。
「この鶏たちは、このケージの中でお腹が空すかないだろうに、それでも食べ続けるのはなぜだろう?」と思っていました。
その後、教育に関わることになり、無目的に生徒たちがただ黙々と教科の学習をさせられる姿に、そのニワトリたちの姿を思い出しました。
そんな学びを終わらせたいと思い、ここまでキャリア教育に取り組んできました。このコロナ禍で後退させられることはあってはなりません。
現行の学習指導要領でも必須とされる「キャリア教育」
高校だけでなく、小学校・中学校でも同様な状況ではあるとは思いますが、今回の記事では高校に論点を絞ります。
そもそも「キャリア教育」とは何でしょうか?「キャリア」とは何でしょうか?文部科学省では以下のように定義しています。
キャリア:人が、生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分と役割との関係を見出していく連なりや積み重ね |
そして、現行の高等学校の学習指導要領においても、2022年から実施される新学習指導要領にもキャリア教育は総則に記述され、カリキュラム全体で取り組むべき必須の内容となっています。
第1章総則 第5款 教育課程の編成・実施に当たって配慮すべき事項 5.教育課程の実施等に当たって配慮すべき事項、以上のほか、次の事項について配慮するものとする。 |
「カリキュラム全体で『必ず』これらのことに組み込みましょう!」というものがキャリア教育なのです。
(高校生・マイチャレンジインターンシップ:建設会社でのインターンシップの様子)
コロナ禍でもやれるキャリア教育
私たちは社会に出て働き、人生100年時代と言われるほど長く生きる。その「働くこと」「生きること」を、より良いものにしていくために「学ぶ」のです。それが教育の本質であり、キャリア教育とは、それらを子どもたちが考えるきっかけや態度、この社会で生き抜く能力を育むものへと、学校教育へ変革を迫るものです。
だから「教科学習」と「キャリア教育」を二者択一にするのではなく、両方とも不可欠なものとして、このコロナ禍でも進めねばなりません。教科の時数が足りなかったとしても、省略できるものではありません。
ただ、日数が限られ、授業内でやれることに限りがあるのは事実。その制限状況の中でもできることはあります。むしろ、このコロナ禍だからこそできることもあります。コロナ禍でもやれるキャリア教育の4つの視点を以下にまとめます。
①コロナ禍の中の生徒の気づきや思いを共有する
コロナ禍で、生徒たちも社会や政治の混乱や、人生の理不尽、社会の混乱を目の当たりにしました。実際に、親のリストラや経済状況の激変で、大きく生徒たちの心が揺れ動くこともあるでしょう。
こうした心の動きこそが、「生きる」や「働く」に触れる瞬間です。地域の経済の衰退を目の当たりにしたり、自然災害で困っている人も次々に生まれます。生徒がこうした出来事と向き合った時の心情からキャリア教育は出発できます。
今、私たちは何をするべきか、そして、今の社会の中で自分たちができることは何か?そんな現在進行形のことをテーマにして語り、深める時間はなかなかありません。むしろ、時間がない時にこそ、その時間が大切です。生徒が語る、もしくは書く時間をもうけることで、モヤモヤとした頭の中を言語化できるチャンスです。その言葉から、成長の物語を紡ぐことができます。
②冬休みや春休みの時間を活用する
多くの学校がインターンシップを実施する夏休みの時間は、このコロナ禍で見送られても、冬休みや春休みがあります。設定可能な日数はわずかでも、不可能ではありません。私たちも、夏休みがダメなら、今年は、冬休み、春休みでと提案して持ちこたえています。もちろん、第二波、第三波もあるかもしれませんが、オンラインワークを取り入れたインターンシッププログラムも開発して備えます。生徒たちにとってリアルな出会いや体験は、感情を動かし、考えるきっかけを作るうえで不可欠です。
③生徒が慣れ親しんでいる動画を活用する
コロナ禍で、これまで対面で外部講師として授業を行ってきたものが、次々に動画になっています。現状でも、様々なキャリア教育に活用できる動画がアップされ続けています。私たちも、キャリアの時間で話す内容を小分けにして、10分以内の動画を作成し、YouTubeにアップするようになりました。
こうした動画を家で見てもらい、気がついたことを一言でも良いので書いてもらい、ホームルームで話し合うというやり方をとれば、時間も短く、効果的に取り組むことができます。生徒たちも動画に対する親和性は高いので、通常の宿題よりも、主体的に取り組むことができます。
④外部イベントへの参加を促す
誰でも参加できる公募型のインターンシップや、高校生向けの就職イベントもあります。学校内で全部を用意することができないのであれば、外部の資源を活用しましょう。ただ、そこへ参加を促す教員の語りの力なくしては、なかなか進みません。むしろこういう時だからこそ、外に一歩踏み出す力を育むことで成長します。
▼マイチャレンジインターンシップ
マイチャレンジインターンシップ(マイチャレ)は、NPO法人アスクネットが実施する愛知県に住む高校生であればどの生徒でも参加できるインターンシップです。授業や部活動、塾など一生懸命取り組んでいる生徒でも参加できるように夏休みの3日間+2日間(事前事後学習)で実施します。今回は、コロナ状況に対応し、オンラインワークも組み込んだハイブリッド型になっています。
以下の2つの高校生向け企業説明会は、明確に就職希望ではなく、現時点で進学志望でも、一度にいろんな企業と直接出会えるイベントとして、キャリア教育的にも有効です。1、2年生も参加可能です。
▼ジョブドラフトFes
「ジョブドラフトFes」は、高校生のための就職求人サイト「ジョブドラフト」が行う高校生と企業が直接交流できる国内最大級の合同企業説明会です。生徒側と企業側が実際に会って話ができる場を提供しています。高校生が1日で多くの企業と出会えるため、求人票だけでは得ることのできない会社の雰囲気や直接対話による情報収集ができます。
▼JOBエール
「JOBエール」とは、東海エリアの地元企業に寄り添い様々な採用支援を行っている株式会社名大社が企画・運営する就職を考える高校生のための合同企業説明会です。世の中にある様々な仕事をコンパクトにまとめた「しごと図鑑」も参考になります。
こうした努力、外部の資源を有効利用していけば、十分にコロナ禍でも、むしろコロナ禍だからこそできるキャリア教育があります。キャリア教育を推進してきた教員やコーディネーターの方々は、ここで「不要不急」と言われてしょげることなく、引かない矜持をみせてほしいと思います。
一般社団法人「アスバシ」代表理事。1972年、愛知県生まれ。名古屋大学大学院人間情報学研究科修了。
名古屋大学大学院人間情報学研究科在学中に、若者が夢や目標、アイデンティティを持てない日本の教育に危機感をもち、NPO法人「アスクネット」を創業。学校と地域の間をつなぎキャリア教育等を学校に提供する「教育コーディネート」を全国に先駆け事業化。その後、経済産業省のキャリア教育事業の全国のまとめ役となる「中核コーディネーター」を担い、「キャリア教育コーディネーター」の認定制度をつくる。
2012年に、新たに一般社団法人アスバシを立ち上げ、愛知県内の公立、私立あわせて35の高校に3000名を超える高校生のインターンシップを普及する他、高卒就職の新しい形「高卒プロフェッショナルキャリア」を提唱し、推進している。また、東海若手起業塾実行委員会の代表もつとめ、東海地域の若手起業家の育成を行っている。
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