Eduwell Journal

2020年10月号 vol.92

北海道の自然学校が展開するワーケーションとは?-コロナ禍に自然体験のプロが生み出す新しい生活様式

2020年10月12日 15:00 by uedanna

「新型コロナ対策」×「自然学校」=「ワーケーション」

大人数の子どもを募集し、自然豊かな場所で体験活動を提供する。

これは、従来の自然学校が得意としてきたスタイルです。

それが今、昨今の新型コロナウィルス(以下、コロナ)の感染予防の視点から、実施し難い状況となっています。

一方、子どもが屋外で遊べない状況が続き、子どもはもとより保護者にも多大なストレスが生じるようになり、コロナ感染だけではない問題が勃発するようになってきました。

だからと言って私たちは「今が大変な状況であるから早く元どおりになって欲しい」と現在を否定し、過去を美化することで「元に戻す」ということが、必ずしも良いとは考えていません。

自然災害にせよ感染病にせよ、この先も似たようなことが起きる可能性のほうが高いと考えるからです。

私たちは現状を冷静に把握し、かつ自然学校の運営者として持つ資源や経験をもとにこの先のことを考えました。その結果、「ワーケーション」という手法にたどり着きました。

「ワーケーション」は、かつては「リゾートオフィス」と呼ばれていました。どちらかというと観光の一手法に位置付けられていました。

観光地にあるホテルやリゾートなどのハードを運営するイメージがあると思いますが、「むしろソフトの方が重要なのではないか」という知見から、私たちなりのワーケーションを展開してみることにしました。


(イコロの森ワーケーションセンターにて)

特定かつ限定的な人のみ出入りできる環境

私たちは、「ワーケーション会員制度」を作り、健康状態や属性などを十分に把握できている家族や小グループによる施設貸切を原則としています。滞在期間は、1週間を前提としています。

お預かりする費用は、いわばその施設の「メンテナンス費」であり、会員制というよりもオーナーシップ制に近い位置にあります。

その施設や活動エリアには、限られた方と最低限の当方スタッフしか出入りしない体制をとり、不特定な人の流れとは隔絶した環境を作り出しています。

これは観光地ではない場所であるが故に、創出することができる手法です。


(イコロの森ワーケーションセンターにて)

家族が快適である空間が最優先

ワーケーションというと、風光明媚なところでタープを広げて、小洒落た机を置いて、ノートパソコンを広げて・・・というイメージがある方もいると思います。

正直あれは持続しません。自然度の高い環境において、屋外でPCを広げて仕事ができる状況はむしろ稀であるということと、仕事ばかりしていると家族に白い目で見られてしまうのがオチです。

ワーケーションの「ワーク」の部分は後述しますが、まずは家族が快適であることを最優先します。

例えば、先に書いたように貸切であること。そして、台所や冷蔵庫、洗濯機、洗濯物を干す場所、トイレやお風呂が限りなく個人的なリズムで使えること。

親にとって、子どもを連れてのお出かけはただでさえ非日常感が満載で、大きなストレスです。

さらに他のお客さんが同居すると、かなりの心労が増えます。家の関係や環境をそのまま持ち込みたいわけですから、家の中に他所の人がいるような状況は避けるべきです。

マズローの5段階欲求説を参考にするならば、まさに生理的欲求や安全欲求を満たすことが重要です。


(イコロの森ワーケーションセンターにて)

生活面のサポートを通じて、信頼関係を築く

家族が来たからと言って、自然学校のスタッフが「さあ、外で遊ぼう」といきなり子どもを引っ張り出すのはかえって逆効果です。快適な自宅から半ば強引に連れてこられたようなもので、子どもも警戒しています。

最初は、家族のご飯づくりの手伝い、食器の準備や片付けなど、生活面のサポートから関係を作っていきます。

例えば、「屋外でBBQをしたい」とか、「焚き火料理をしたい」などと言われた段階で、「火起こしておきますよ」「ぼく、BBQ得意なんです」と、自然学校スタッフとしてのスキルを発揮していきます。

スタッフへ信頼を寄せるようになった段階で、少しずつ子どもとの精神的距離を縮めていきます。


(イコロの森ワーケーションセンターにて)

少しずつ、子どもの遊びや活動の幅を広げる

スタッフとの距離が縮まってくると、子どもは少しずつ親から離れ、屋外での遊びや活動を広げるようになります。ここからが、自然学校の腕の見せ所です。

森のようちえん、あるいは青少年向けの各種自然体験活動スキルを駆使し、その場そのフィールドでできる活動を少しずつ展開し、子どもの遊びたい欲求を満たしていきます。

私たちはタイミングを見計らい、信頼できる地元の子ども会員(これも特定少数の一つです)を引き合わせ、遊びを展開させます。つまりここに来て初めて、「知らない同世代の子どもを加えることで、コミュニケーションの深化を促す」が実現します。

この辺りは、ハード優先のリゾートホテルではできない領域であり、ここに自然学校がワーケーションをする真骨頂があると言えます。

気がつけば、子どもは子どもだけで遊んでいます。初めは表情の固かった大人も柔らかな表情をして、子どもの遊びを眺めつつコーヒーを飲んでリラックスしています。

オンラインヨガを開催したり、「テントサウナ」も用意したりしており、大人がリラックスできる仕掛けを充実させることにも取り組んでいます。


(イコロの森ワーケーションセンターにて)

バケーションが整うと、ワークもスムーズに進む

ここまで書いた通り、仕事よりも先に家族の「バケーションの部分」を仕込み、プロデュースする必要があると考えます。

そしてやっと「ワーク」に入れます。自然学校スタッフとの信頼が構築できた子どもが外で遊び、大人もリラックスできる空間が整った上で、ようやく仕事です。

施設側では、wifi環境や、デュアルモニターや小さなインクジェットプリンターなど、最低限の仕事ができる環境を整えています。

ここでの仕事は、大きく二つに分かれるでしょう。一つは、自分一人でこなさなければならない事務作業、あるいは執筆作業。そしてもう一つは、企画立案などプロジェクト推進の仕事になるでしょうか。

この二つ目の仕事は、今やオンラインで進められるようになりました。オンライン会議で、本人が映る画面の背景に、森や子どもの遊ぶ様子が映り込むだけで、相手に与えるインパクトはかなりのものになるのではないでしょうか。相手に対して「生き方そのもの」を見せるだけで、プレゼンの突破力が上がるようです。

また対面で会議をする場合も、わざわざ都心部に出かけるのではなく、この施設側に来てもらって会議をする、という方法もあります。

もちろん、特定少数という制限はありますが、お互いが信頼できる方であれば、不特定の人に出会う公共交通機関を使って街に出るよりも、感染リスクは軽減できます。

「たまには空気の綺麗なところで打ち合わせしましょう。終わったらBBQでもいかがですか」と、効果的な接待の場としても展開できるでしょう。


(イコロの森ワーケーションセンターにて)

生まれつつある様々な制度

ここまで書いたことは、あくまでも親が自由に動ける、あるいは休みを取りやすい業種の方が前提となりますし、子どもが休みやすい長期休業中しか実現できないと思われるかもしれません。確かに、全ての家族に適用できるモデルではありません。

しかし少しずつではありますが、このワーケーションを後押しすべく各種手法が生まれつつあります。

例えば、自団体で「森のようちえん」を展開しているところは、そこに一定期間だけ通わせるという方法があるでしょう。

また、地方と都市の2つの学校の行き来を容易にし、双方で教育を受けることができる「デュアルスクール」という手法も生まれつつあります。高校の事例ではありますが、文部科学省もその手法を評価し始めているところです。この辺りは当方としては未着手ですが、近い将来たどりつきたい仕組みです。

文部科学省:専門高校における「日本版デュアルシステム」推進事業


(美々川でのカヤックやSUP)

コロナ禍において、自然学校が提供できる価値

募集型で進めてきた自然学校、あるいは青少年への体験活動の提供団体は、従来の手法の中で培ったものをあえて「特定少数」というコンセプトの中に投入することで、その存在価値と意義をさらに昇華させられると思います。

裏を返せば、子どもだけを預かってどこかに連れていき、集団生活をさせるという手法は、家族や家庭の充実があるからこそできること。今のコロナ禍においては、それが成立しにくい状態なのかもしれません。

だからこそ今一度、「家族」という最小単位から考えるべきではないかとも思っています。

とはいえ「移住定住」となるとややゴールが遠いというか、実際そこまで舵を切れる家族は少ないでしょう。

その中間でいいとこ取りができるのが自然学校ではないでしょうか。世界で評価されつつある「デュアラー」「エニィウェイ」、日本語でいうところの「二居住」「多居住」という生き方や働き方を念頭に置き、「新しい生活様式」を社会に提案できると考えています。

Author:上田融
NPO法人いぶり自然学校・代表理事。昭和48年生まれ。平成8年より北海道の小学校で6年間勤務。平成14年より4年間、登別市教育委員会社会教育グループで社会教育主事として、ふぉれすと鉱山の運営に携わる。平成18年よりNPO法人ねおすの活動へ参画し、道内各地の自治体と協働し、第一次産業の取り組みを子どもたちに体験的に伝え、学ばせるプログラム開発および協議体の設立に関わる。平成20年より苫東・和みの森運営協議会副会長。平成27年より現職。プロジェクト・ワイルドファシリテーター、小学校教諭1種、幼稚園教諭1種等の資格を持つ。

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