Eduwell Journal

2015年6月号 vol.28

命の大切を「知る」よりも本物の体験から「実感する」-子どもが生き物の屠殺や解体に立ち会うということ

2020年09月06日 22:56 by uedanna

今春に小中学生と対象とした「牧場暮らしキャンプ」を北海道で実施しました。馬と共に暮らす、牧場暮らし・牧場づくり体験に特化した一風変わったキャンプです。

8日間かけて、馬をはじめとする様々な生き物にひたすら寄り添うというシンプルかつコアなキャンプです。このキャンプは、牧場のスタッフのある指令からスタートします。

牧場スタッフ「じゃあ、あそこにいる馬が、君がお世話をする馬です。これ(引き手・紐)を使って、捕まえて連れて来てください」

子ども「放牧地の遥か彼方で草を食べてる、あの馬ですか!?」

子ども達は、とにかく馬に近づきます。が、あるところまでいくと、馬はするすると逃げてしまいます。

ましてや、走って追いつこうだなんてムリムリ。馬の足の方が速いに決まってる。そして何より、子ども達なんかよりもずっと大きいんです。「困ったなあ」「できないなあ」「怖いなあ」と。



スタッフの人はニコニコして見てるだけ、何も教えてくれないし。でも、捕まえないとこの先馬に乗って旅に出れないんだよな。さてどうしようか。結局、その日じゅうに捕まえられず、タイムアップ。

次の日もトライするのですが、相変わず近づいて来てくれないのです。どうも、馬はボクたちの「オーラ」を見ているらしい・・・。

実はそこに、今私たちに採って最も必要な「超ノンバーバルコミュニケーション」(非言語コミュニケーション)の神髄が隠れているのです。

空気を読む。気配で話をする。そこに気がついたら、馬はすんなりと引き手を受け入れてくれました。感動です。馬が捕まったということよりも、馬と心が通じ合った事が、嬉しくてたまりません。そんな風に、北海道での「牧場ぐらしキャンプ」は始まります。

命を頂く事ってどういうことか?

このキャンプでは、冬に行うニワトリの屠殺(とさつ)、あるいは撃ち取られたばかりのエゾシカの解体に立ち会います。

スタッフの皆さんが、それはそれは鮮やかな手さばきで切り開いていく様子を見学します。子ども達は、このキャンプに参加する前に、お家の人とも話し合いました。そして、始める前に、大人も子どもも一緒になって十分に話し合いました。そう、「命を頂く事ってどういうことか」ってことを。


そして、「どうしても苦手な子は無理しなくてもいいよ」と、自分でよく考えて、この解体の場に子ども達は立っています。

強く決心してここにいるのだけど、でも、やっぱり、ナイフが入る瞬間、血しぶきがしたたる瞬間、だんだんと力が抜け、逆立った毛に力がなくなって行く様子を見届けるのは心苦しいなあ・・・、と思っていたのは最初の5分ぐらいでした。

気がつけば、子ども達はみんな「美味しそう」というまなざしに変わっています。たしかに、美しい手さばきで解体するスタッフの腕の良さもありますが、そう、いつしか人間の本能の部分が心を揺さぶり始めているんですね。

そして、「ちょっとやってみるかい」とナイフを渡されます。ナイフを刺すために、もうひとつの手で肉に触れると・・・、ギクっとあることに気がつきます。

触れる肉、手に伝わる血。どちらもしっかりと温かいんです。よく見ると、湯気が立ってる。冬の寒い中、かじかんだ自分の指先が、どんどんと動きを取り戻していく事が分かります。

そして、はっきりと確信します。ぼくたちは、この動物達から「命」という名の「温度」をもらったんだ、ということを。彼らが温度を失う代わりに、ぼくたちがその温度を引き継ぐ。彼らが命を失う代わりに、ぼくたちがその命を引き継ぐ。・・・それはつまり、かじかんだ手が温かくなる事なんだ。

もう何度も聞かされていた「命を大切にしよう」なんていう言葉が、衝撃的に脳に突き刺さります。



「そこに本物がある」という強い信念

生き物とともに過ごしたり、生き物の命を頂くプログラムは、全国各地の自然学校が催す活動で、それぞれの考え方・やり方で展開されています。

しかし、インパクトが強いだけにその是非が必ず取り沙汰され、議論となる事が多いのですが、その議論を十分に重ね、幾重にも練習と準備をしたうえで、慎重に実施する事にしています。なぜなら、私たちは、「そこに本物がある」という強い信念を持っているからです。

馬やニワトリといった家畜、あるいはシカという野生動物は、どちらも私たち人間と自然の中間の位置に存在しているため、その命に寄りそうことを通して、「そこに何が生えているのか」「なぜそこに生えているのか」「なぜここにこの木が生えているのか」など、よりその背景の自然をリアルに知ることができます。

そしてそれ以上に、命が直接自分に届いてくる、という生き物としての人間の本能的な部分を呼び覚ましてくれるのです。

それだけに、このプログラムを取り扱うスタッフの専門性は必須です。鮮やかな調教技術、あるいは解体技術はもちろん、まずは本人の意思確認、保護者の方への説明と共通理解、特に子ども達に対する活動の趣旨の解説や体験の提供の仕方等、細部にまでこだわり、注意を払い、緊張感を持って取り組んでいます。



「知っている」と「したことがある」

新聞やテレビを見ていると、各地で命に関わる凄惨な事件がほぼ毎日取り上げられており、胸が苦しくなります。そういうのを見ていると、私たちの活動がそれら全てを解決できるとは思いませんが、何かの役には立つはずだと思っています。

つまり、誰しも命を頂いて食べ物を食べているって「知っている」ことなのですが、それは実際に命を頂く、ということを「したことがある」ではないのです。

その瞬間に動く感情、手先の震え。血の温かさ、徐々に力を失っていくニワトリの羽根、そこからほとばしる波動。文字にも、映像にもできない、そのときその場に流れる超感覚的な「あの」空気感は、美辞麗句を超えたリアルを子ども達に与えてくれます。

そう思うと、スタッフによって毎日繰り返される馬の世話、動物の世話等大変な作業も乗り越えられます。そして、特に夏休みという期間を利用して、少しでも多くの子ども達が「命」に触れられるような場と機会を得られるように準備をしています。

Author:上田融
NPO法人いぶり自然学校・代表理事。昭和48年生まれ。平成8年より北海道の小学校で6年間勤務。平成14年より4年間、登別市教育委員会社会教育グループで社会教育主事として、ふぉれすと鉱山の運営に携わる。平成18年よりNPO法人ねおすの活動へ参画し、道内各地の自治体と協働し、第一次産業の取り組みを子どもたちに体験的に伝え、学ばせるプログラム開発および協議体の設立に関わる。平成20年より苫東・和みの森運営協議会副会長。平成27年より現職。プロジェクト・ワイルドファシリテーター、小学校教諭1種、幼稚園教諭1種等の資格を持つ。

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