ひみつ基地

2015年7月号 vol.29

全ての関係を断った不登校やひきこもりの子どもや若者の力になりたい-不登校・ひきこもり専門カウンセラー金馬宗昭氏インタビュー(前編)

2019年09月13日 14:10 by editorial_desk

不登校の子どもは、小中学校合わせて11万9千人以上、高校生では8万3千人が現在確認されています(文部科学省調べ)。そのぶん、フリースクール・通信制高校・サポート校など、学校に行きづらさを感じた若者のための進路は多様化していきました。カウンセリングや学習のサポートを受けて、遅ればせながら幸福な学校生活を送るケースが増えています。

一方、問題となっているのは完全なひきこもり状態となってしまい、外界とのつながりを断ってしまった子どもたちです。学校などの支援は届きにくく、本人が自らの将来を諦めてしまい、動くことができない――。そうした働きかけの困難な層をサポートしていきたいと、独立の道を選んだ通信制高校の元教頭が、京都・長岡京市に「すずかげ教育相談所」を開設しました。


(すずかげ教育相談所 所長 不登校・ひきこもり専門カウンセラー 金馬宗昭さん)

通信制高校教頭から、不登校・ひきこもり専門のカウンセラーへ

京都府、長岡京市。金馬さんが新しく立ち上げた『すずかげ教育相談所』は、10代から40代まで幅広い相談者が訪れる。就職活動や仕事でつまずき、成人後ひきこもりになった人もいる。

「不登校やひきこもりになっている人、僕はこの状態を【赤信号】と呼んでいますが、この人たちを【赤信号】から自分で考えて行動できる【青信号】に導くカウンセラーをしています。2014年までは通信制高校の教頭として、不登校やひきこもりをしていた高校生たちのサポートをしていました。また、様々な不登校の子を持つ親の会、ボランティアを通して誰にも負けないくらいの不登校やひきこもりの経験者に出会ってきました。

不登校やひきこもりの状態から元気になるためには、家の環境や家族との関係を改善することがとても大切です。特にお父さんは、つい子どもに正論をぶつけて 追いつめてしまい、関係がこじれてしまうことがありますね。社会で働いているお父さんの正論攻めはすばらしく、子どもを論破してしまったりするのです。こ れによって子どもの逃げ場を奪ってしまい、お父さんを避けるようになることすらあります」

金馬さんはそうした家庭環境が見えてきたとき、まず保護者に面談し、「してはいけないこと」「して欲しいこと」をしっかりと伝え、環境を整えていく。しかし教頭として働きながら、そうした家庭への「働きかけ」をするのは、時間の関係で難しいこともあったそう。

「独立した現在は、例えばお父さんが『忙しいので面談はできません』と言われた場合でも、『お仕事が終わった時間で大丈夫ですよ』とスケジュールを合わせ ることができます。フットワークが軽くなりました。とはいえ、今までずっと学ばせてもらった通信制高校から退くことについては、とても迷いました。でも、 今は20年前と異なり、少しひきこもり気味だけど外に出ていくことはできる子(僕は【黄信号】と呼んでいる状態です)の子を受け入れる場所は、僕が教頭を していた通信制高校をはじめ、フリースクールやサポート校などたくさんあります。それなら僕は、サポートが届きにくい【赤信号】の子を支援していこうと思 い、京都・長岡京市に『すずかげ教育相談所』を立ち上げました」 

(講演会には不登校やひきこもりで悩んでいるご家族が多く集まる)

20代半ばで挫折、自らもひきこもりを経験した 

「今のように不登校・ひきこもりの若者を手助けするようになったのは、僕自身が20代でひきこもりを経験したのがきっかけでした。

20年前、僕は大学を卒業後、高校の非常勤講師をかけもちしながら、公立高校の教員を目指していました。当時、僕には同じ目標を持つ仲間たちがいました。 週に1度勉強会を開き、励まし合いながら学んでいました。当時の教員採用試験は倍率100倍も珍しくないという世界で、あと一息という手応えはあるもの の、なかなか合格できませんでした。25歳になったとき、勝負に出ることを決めます。全ての非常勤講師を断り、教員採用試験だけに集中することにしたので す。

いよいよ受験となりましたが、結果は全て不合格。合格発表後、仲間と結果報告会をすることになりました。浅はかな僕は仲間たちも不合格だっただろうと勝手 に思い込んでその場に行きました。しかし、仲間たちはみんな、合格をしていたのです。彼らが僕の目の前で握手をし合ったとき、僕の自信の土台は崩れ去って しまいました。みじめでした。「人生終わった」とまで思いました。

その後、29歳になるまで、家の外には出るものの社会とのつながりを失ったひきこもり状態になりました」

身なりが適当になり、友人関係も全て断ち切ってしまった金馬さん。立ち直るきっかけはどこにあったのでしょうか?

「しばらくは何もできない状態でした。生活は昼夜逆転し、周りに何か言われたら理論武装。やらなければならないことは全て後回し。ただ、不登校の子どもたちの居場所を作るボランティアを始めたのが転機につながりました。

ボランティアをしていたある日のことです。居場所に通ってきていた男の子と、僕はキャッチボールをしていました。夕方になったので、雑談をしながら帰って いきます。そこで急に、男の子は僕にこう言いました。『僕、金ちゃんと出会えて良かった。いつも話を聞いてくれるし、相談にも乗ってくれるから』と言って くれたんです。涙が出そうになるのを抑えるので必死でした。僕はこれを聞いて「生きよう」と思いました。

人間は人に必要とされ、『あなたに出会えて良かった』と言ってもらえたときに幸せを感じます。【赤信号】では、この最高の言葉を言われることはなく、社会から必要とされません。「自分はダメな人間」と思うのです。だから本当の幸せもないのです。

でも、人の役に立つと「もしかして、自分は少しだけ価値のある人間」と思うのです。この気持ちを持つことは非常に大きなことです。

みんなが『幸せを感じ』、【青信号】に留まれるようにすることが僕の願いです」

>>後編:当事者と家族をサポートする第三者が必要



不登校 ひきこもり こころの道案内: 今日からできる具体的対応法

金馬さんが2年間かけて書き上げた、「立ち止まっている若者を幸せに導く道案内」の集大成

不登校やひきこもりになり、行動する力を失ってしまった人には、その時々に応じた対応が必要です。段階に応じ、信じて待つ時もあれば、待っていても仕方が無いときもあるのです。作中では「青信号」「黄信号」「赤信号」に段階を分け、わかりやすくシンプルに解説してゆきます。(学びリンク/価格:1,600円+税)

【プロフィール】
金馬 宗昭 (きんば むねあき)
不登校・ひきこもり・こころの相談室「すずかげ教育相談所」所長
不登校 ひきこもり こころの相談室 すずかげ教育相談所」所長。中学生から成人以上まで幅広く相談を受け、生活的・経済的自立へと導いてきた経験を持つ。不登校・ひきこもりをテーマとした講演会も各地で行う。
1969年大阪府生まれ。奈良大学を卒業後、京都の公立・私立高校にて教員採用試験の準備と並行し講師生活を経験。しかし全力を尽くした教員採用試験の不合格、共に学んだ友人たちの合格を目の当たりにしたことを機に数年のひきこもり生活に陥る。
1998年から通信制高校サポート校勤務、2008年から通信制高校教頭職を精勤。2014年に「不登校・ひきこもりの若年層のためにより心血を注ぎたい」との思いで教頭職を辞し、「不登校 ひきこもり こころの相談室 すずかげ教育相談所」を設立。家庭では一男一女の父。趣味は、スポーツ観戦と釣り。

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