ひみつ基地

2015年10月号 vol.32

震災が”始まってから”四年半、集中復興期終了へカウントダウン—不登校出現率・就学援助率ともに上昇し続ける宮城県

2019年09月13日 13:39 by yu_monma

2013年には「震災が”始まってから”二年半、全国不登校率ワーストの宮城県の今」、2014年には「震災が”始まってから”三年半、深刻化する子どもの孤立—2年連続で中学校の不登校出現率ワーストの宮城県」というタイトルで記事を書かせていただきました。

国の定める集中復興期の終了まで残り3ヶ月を切った被災地。いわゆる「復興予算」の打ち切りが始まり、子ども支援に対する予算も少しずつ終わりがみえてきました。では、あれから四年半が経ち、子どもたちは以前のような生活に戻れたのでしょうか。今回は、4年半経ったいまの宮城県、そして石巻市のデータを元に現状をお伝えします。


(石巻市では復興公営住宅の建設が進むが、東京五輪の影響もあり予定よりも計画は遅れている。)

2年連続ワーストは免れたものの、上昇し続ける不登校出現率 

先日、学校基本調査(文部科学省)の平成26年度速報値が発表されました。宮城県は中学校の不登校出現率で3.37%、小学校の不登校出現率は0.41%を記録しました。中学校では2,190人の生徒が、小学校では501人の児童が不登校の状態でした。中学校の出現率は、昨年度までの調査で二年連続で全国ワーストを記録していたが、今回は免れました。

しかし、中学校、小学校ともに昨年度出現率を上回っています。中学校が2,190人(前年比+120人)、小学校が501人(前年比+11人)となっており、決して状況が改善したわけではなく、むしろ昨年度よりも数字上は苦しい状況になっています。

状況が改善しない不登校出現率に対して、宮城県教育委員会も対策に乗り出しました。平成25年11月に発行された「不登校への対応の在り方について」のパンフレットに続き、平成27年3月には「中1不登校の解消に向けて」というパンフレットを発行し、普及・啓発に取り組んでいます。また、宮城県不登校対策推進協議会(主催:宮城県教育委員会)を立ち上げ、有識者を巻き込んでの協議をスタートしました。石巻市においても、石巻不登校・ひきこもり支援ネットワークが立ち上がり、民間のプレーヤーでも3事業者がフリースクール・スペースの形で体制を整えるようになりました。

不登校ということ、それ自体があくまで状態を表す言葉であり、私自身はそれ自体が悪いことであるとは決して思いません。しかし、不登校になった背景であったり、なる過程で子ども自身が苦しさや寂しさ、無力さを感じていたとするのであれば、この数字の表すだけ、もしかしたら私たち大人が気づくことができなかったサインがあるのかもしれません。

「(仮称)多様な教育機会確保法」の議論も佳境を迎え、少しずつ日本における「不登校」への捉え方にも変容が見えてくる中で、被災地における「不登校」から私たち大人が何を読み取らねばならないのでしょうか?

震災後に跳ね上がった要保護・準要保護世帯、広がる被災地の「貧困」

今年度は「生活困窮者自立支援法」の施行や、「子どもの貧困対策法」に基づくモデル事業の実施が始まるなど、いわゆる「貧困」にスポットの当たった子どもを取り巻く問題は、改めて知られるようになりました。

先日、「子供の貧困対策に関する大綱」(平成26年8月29日閣議決定)に基づき、文部科学省が各自治体ごとの就学援助の実施状況を公開しました。被災3県(岩手・宮城・福島)のデータも公開されていますが、現在これらの県で「被災児童生徒就学支援等臨時特例交付金」を財源として行われている、いわゆる「被災就学援助」はこのデータからは除かれています。

そこで、文部科学省の「要保護・準要保護児童・生徒数の推移」の震災前(平成21年度)・震災後(平成25年度)のデータに基づいた弊法人のまとめを元に、「被災就学援助」を含む形での比較をしてみました。なお、様々な定義がありますが、ここで示す「要保護」は生活保護受給、「準要保護」は就学援助受給を指しています。

震災前後を比較すると「要保護」は減少しているものの、「準要保護」は数字が跳ね上がっているのがわかります。両者を合わせた数字を比較すると、震災前に1,721人いた要保護・準要保護世帯の児童生徒は、震災後に4,971人となっています。割合でいえば、震災前は12.5%だったものが、震災後に42.9%となっています。経済的に困窮している世帯の児童・生徒数が約4倍に跳ね上がったと読み取ることができます。

ただし、「被災児童生徒就学支援等臨時特例交付金」を財源とする「被災就学援助」は、復興財源として国庫より支出されています。本来、自治体の財源より支出される就学援助が、被災世帯に限って国庫からの支出となっていることに伴って、対象となる基準が変わっており、単純な比較はできないことを付け加えておきます。

なお、被災地の子どもの貧困については、同じく被災地を中心とした困窮世帯に教育バウチャーを届けている公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンが「被災地・子ども教育白書」を発行する予定になっています。

(新たに地域で孤立する子どもたちを食を通じて支える「子ども食堂」のプログラムもスタートした。)

データには見えない四年半経った支援の現場の今

この四年半、学習支援や居場所作り、不登校児童・生徒向けのフリースクール・スペースの運営などを行ってきました。学校や教育委員会、社会福祉協議会をはじめとして、関係機関との連携も密になり、また同様に子ども・若者支援に携わる現地NPOともお互いにネットワークを組めており、何かあったときにはすぐに連携できる関係性が築けるようになってきました。

それが故なのか、または四年半という時間が経ったからなのかは、正直なところ判断が難しいが、ここのところ下記のような形で訪問支援を希望する問い合わせを受けることが多くなった。

「1年前くらいから不登校が続いていて、自室に篭り続けている。どうしたらいいのかわからない。」

「どうやらネグレクトに近い状態があるのだが、(保護者と子どもが)相互に依存し合っていて、登校ができていないでいる。」

前者はある家庭からの相談で、後に両親が精神疾患を抱えており、経済的にも思わしくない状況であるのがわかりました。しかし、訪問を希望する相談だったにも関わらず、最終的には支援を拒否されました。いまだにアプローチができていません。

後者はある行政機関からの相談で、本人だけではなくて他の兄弟も不登校状態にあり、母親も精神疾患を抱えてから無職です。失業手当や生活保護申請の手続きをしておらず、ライフラインが止まっていることも発覚しました。未だ本人への支援には繋がっていませんが、前に進みつつある状況です。

いずれも教育的・福祉的アプローチに加えて、医療的なアプローチが必要とされるケースであり、子どもだけではなく、家庭自体への支援が必要とされるケースです。

震災後の大きな変化が生んだ様々な「余裕のなさ」の中で、張りつめていたものがプツンと切れてしまう。そしてそれがまた、別の「余裕のなさ」を生んでしまうという負のスパイラル。四年半経ったいまだからこそ、この負のスパイラルに陥ってしまう家庭もあるのではないでしょうか?

集中復興期が終わりを迎えようとしている今。今だからこそ、必要な持続的な支援の形を、一法人としてだけではなく、一石巻市民として、形にしていきたいと思います。

NPO法人TEDIC 代表理事 門馬優

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