ひみつ基地

2015年12月号 vol.34

「レッジョ・エミリア・アプローチ」世界で最も革新的な幼児教育①-アートの創造的経験によって子どもの可能性を引き出す

2019年06月04日 17:25 by editorial_desk

イタリア内でも豊潤な地域として知られるエミリア・ロマーニャ州に、世界中の教育関係者がこぞって集うレッジョ・エミリア(Reggio Emilia)という人口16万人の小都市が存在します。この地でなされるレッジョ・エミリア・アプローチ(以下レッジョ・アプローチ)と呼ばれる幼児教育は、1991年に『ニューズ・ウィーク』誌がレッジョ・エミリアの学校を「世界で最も革新的な幼児教育施設」と驚きをもって紹介するほどで、成熟した創造性とオリジナリティ溢れる教育の源泉を求めて訪問者があとを絶ちません。

レッジョ・アプローチの最大の特徴は、子ども、保育者、専門家(教育、アート)、親、地域の人々がアートを通して主体的に探求して学び合い、育ち合うことにあります。アートを通したといっても、芸術家養成やアートの技術的向上が目的では決してありません。創造体験を通し、発想力、自発力、創造力を高め、自己、他者、地域、社会、世界を認識するよき機会としてアートが用いられています。


(レッジョ市の幼児教育研究機関レッジョ・チルドレンの本部・マラグッティセンター) 

レッジョ・エミリア・アプローチの教育哲学

レッジョ・アプローチの礎を築き、推進したのが、社会心理学者、教育哲学者であるローリス・マラグッツィ(Loris Malaguzzi,1920-1994)です。マラグッツィはウルビーノ大学で教育学の学士を取得後、発達心理学を学び、1958年レッジョ・エミリア市に教育主事として赴任しました。マラグッツィは当時の最先端の教育学、心理学、哲学を広域的かつ中立的に学び、何よりも教育現場での実践を重んじ、地域に根差した独自の教育システムを創造しました。


子どもは
百の言葉をもっている。
けれども、その九十九は奪われる。
(ほかにもいろいろ百、百、百)
学校も文化も
頭と身体を分け
こう教える。
【中略】
つまり、こう教える。
百のものはないと。
子どもは答える。
冗談じゃない。百のものはここにある。
-ローリス・マラグッツィ-(佐藤学 訳)
(※1)
 


マラグッツィの思想の根本には、人間一人ひとりを尊重し、子ども、保育者、親、地域社会全体で共に学ぶ共同体への意志があります。それは誰かが誰かへと一方的に教える関係ではなく、人間が本来携えている豊かな能力を信じ、お互いの可能性を引き出し高め合う関係性として築かれます。レッジョ・アプロ―チにおいては、すべての人が主体的に学び、互恵的に支え、育ち合う探求者である権利を有します。そして、それは「お互いをひとりの人間として尊重することとはどういうことか?」また、「どのように、それは実現されるか?」という根本的な問い立てから、保育者、親、地域市民と協同し、丁寧に熟成されてきた実践過程の集積でもあります。

教育の専門家「ペタゴジスタ」とアートを専門的に学んだ「アトリエリスタ」

マラグッツィの思想は、レッジョ・アプローチを支える様々な要素として息づき、現れます。そのひとつが各幼児学校と乳幼児保育所に配置される教育の専門家「ペタゴジスタ」とアートを専門的に学んだ「アトリエリスタ」です。ペタゴジスタはレッジョ市内の園をいくつか掛け持ちで巡回しています。また、教育ビジョンを保育者や親と共有し、親への助言、教育理論と実践の結びつけ、行政との懸け橋等を担当するコーディネーターの役割を果たしています。アトリエリスタは3~6歳の幼児学校に常駐しています。そして、アートを専門的に教えるのではなく、子どもたちが主体的に行うプロジェクトのサポート、保育者と協同し多様な視点から現場に提案する等、保育者と子どもの創造活動をつなぎ循環させるファシリテーターのような役割を果たしています。アトリエリスタの考えがわかる一文を以下に引用します。


「私たちの教育的プロジェクトは、教師と子どもの認知表現を含んでいますが、アートとアーティストの領域の作品によって、共感と示唆のより深い特徴がもたらされるようです。ただしこれは、アーティストの作品に対して、それの持つ意味を創造的な行為がどのように展開したのかを理解するアプローチをとった場合に生じることです。形式的な面にのみ注意を向けた場合、すなわち、子どもたちの興味を活性化し支援しようとして形式の瑣末な側面に焦点化したゲームを用いたような場合ではありません。」(※3)


あくまでも子どもたちが学びの主体であることを強調しつつ、創造的過程を探求し問い直すことが重要であり、表面的な形式にだけ目を向けることではないと述べています。出来上がった作品ではなく制作するプロセスが重要とする考え方は、現代アートの考え方にも通じ、アトリエリスタが作品の完成を目的としてないことが窺えます。


(マラグッティセンター内の共有カフェテリアの様子) 

「アート」が「美術」であるという誤解

ここで、なぜレッジョ・アプローチにアートが重要な位置を占めているのか考えてみましょう。

日本ではアートを「美術」と狭義の意味で訳すことが多いですが、アートは大きな意味で「世界の認識に新たな知覚を拓く」ものであり、「美」の術のみを指すものではありません。明治期にアートを美術と訳してしまったことで、アートの捉え方が狭まり、アートに関する誤解を生む要因となっています。

そして、特に社会彫刻家ヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys,1921-1986)が「すべての人間はアーティストである」とアートが広く開かれたものであることを宣言して以降、アートは個人の所有に都合の良い絵画等の平面作品から大きく離れ、アートの概念が拡張されていきました。インスタレーション*1、インタラクティブ・アート*2、リレーショナル・アート等*3、現代アートは大きく変貌し続けています。このような現代アートにおける現状をふまえ、ここで言うアートの意味を再確認する必要があるでしょう。

*1:インスタレーション 展示空間を含めて作品とみなす手法
*2:インタラクティブ・アート 作品と鑑賞者の相互関係を作品化する
*3:リレーショナル・アート 作品の制作過程と周囲との関係を作品化する


(レッジョ・エミリアの街並み)

芸術的なものを学ぶことは、人間が生まれながらに持つ本能

2015年5月にレッジョに視察に行った際、アトリエリスタのロレーラさんはこう言いました。「芸術的なもの、美的なものは人類が生み出した遺産であり、芸術的なものを学ぶことは、人間が生まれながらに持つ本能」であると。マラグッツィの領域横断的な深い知見は、アートが持つ本質を捉え、アートが人間の精神を豊かにする必要不可欠なものであることを知っていたのでしょう。だからこそ、人間にとって本質的な学びを追求した結果、レッジョ・アプローチにアートが重要な役割を果たしているのです。そして、このことはレッジョ・アプローチを表面的な理解に留めないためにも重要なことです。

アートは、世界をどう認識するかという大いなる視座を持つ哲学から現されるもので、表面的で安易な模倣によって成り立つものではありません。レッジョ・アプローチの素晴らしさはローリス・マラグッツィをはじめとする優れた探求者の深いまなざしと地域に根差した思想、哲学の実践に起因します。それは、マラグッツィの死後20年経った今、なお現地の保育者の話からその思想が生き続けていることを感じることができます。

レッジョ・アプローチを学ぶことは、教育の本質が何であるか、何であるべきかを学ぶ良質な機会でもあります。そして同時に、我々にとっての思想、哲学がどうあるべきかを改めて考えさせる機会でもあるのです。

「レッジョ・エミリア・アプローチ」に関連する記事一覧

子ども教育立国プラットフォーム 事務局/ディレクター 森井圭)

参考文献(レッジョ・エミリアに関する資料一覧

※1,2『子どもたちの100の言葉―レッジョ・エミリアの幼児教育
※3『驚くべき学びの世界―レッジョ・エミリアの幼児教育

・『子どもたちの100の言葉―イタリア/レッジョ・エミリア市の幼児教育実践記録
・『レッジョ・エミリアからのおくりもの―子どもが真ん中にある乳幼児教育
・Pen (阪急コミュニケーションズ 2006年5月15日発行)
・『Loris Malaguzzi の幼児教育思想に関する研究 -「子どもたちの 100 の言葉」というメタファーに焦点を当てて-


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